なぜ京セラフィロソフィがやばいのか【傘下に1年入った結果】

僕は社長が盛和塾に入っている会社に1年以上勤めています。

盛和塾とは簡単に言うと京セラ(株)の創業者”稲森和夫”さんの生き方や経営哲学を学ぶ勉強会のようなものです。

残念ながら2019年末に解散されましたが、京セラフィロソフィを主体に経営、社員に啓発している会社は今でも多いでしょう。

さて今回の議題である、なぜ「京セラフィロソフィがやばい」と言われているのかを僕なりに考察していきたいと思います。

 

京セラフィロソフィ勉強会はっじまるよー

初めに言っておきますが、僕は京セラフィロソフィ自体を悪い意味で「やばい」とは思っていません。

京セラ、第二電電(現KDDI)の創業者にして経営破綻したJALを会社更生法適用から2年で2,000億の営業利益を上げるまでに導いた稲森さんの教えなのですから学べる点は多いです。

「愛と誠と調和の心をベースとする」のような言葉だけ見たら何言ってるんだこいつと思われるような教えもありますが、経営についての心のあり方だったり、仕事の進め方の基礎を学ぶことができます。

じゃあ何がやばいのかと言われるとその啓発の仕方に問題があるのではないかと思います。

  • 朝礼で一題を読み上げ感想を言う
  • 定期的な勉強会

会社によって啓発の仕方は異なると思いますが、京セラフィロソフィを学ぶ機会を何かしらの形で与えられているでしょう。

僕の会社は上記の2点があてはまるのですが、毎朝入れ替わりの当番制で会社の経営理念を唱和し先導者が京セラフィロソフィの一題を読み上げ感想を言うような制度をとっています。

また週に一回の頻度で京セラフィロソフィを学ぶ勉強会が開かれ一題を朗読、感想や課題を順番に挙げていく。

これが1時間ほど続きます。

今でこそ慣れはしたものの、人前で話をするのが苦手な僕にとってはその時間は精神的ダメージが大きかったです。

 

うちの会社若い人がいないんだけど気のせいだろうか・・

僕自身は仕事の内容自体に苦をあまり感じたことはないので会社を辞めるまでには至っていません。

こういう書き方をすると辞めることが前提のような話に見られそうですが、実際うちの会社に20代は数えるほどしかいません。(まあ田舎だから若い人がそもそも周りにいないっていうのもあるんですけどね)

というか僕が入社してから新入社員が入ってない・・

入ってくる人数よりも辞めていく人数のほうが多いような気すらします。

それも若い世代の人たちが。

これが何を物語っているのかは僕が言うまでもありません。

今の世の中会社を辞めたって何とかなる時代ですから、自分の肌に合わなければ何の躊躇いもなく会社を辞めることができます。

ただでさえ、仕事を嫌々やっているのによくわからない勉強会に強制的に参加させられているという感覚を持った時点で次の朝には転職サイトとにらめっこするのが目に見えています。

確かに昔の人と比べると若者は根性が足りないのかもしれない。

それでも彼らは快適な環境を追い求める探求心と自分の能力を発揮できる場所を探せる嗅覚を持ち合わせています。

自分の頭で考えて自分の人生をよりよくするための行動力があるのです。

副業が当たり前の時代になった今、会社を辞めるというリスクはかなり低くなりました。

むしろ会社にずっと留まると培った経験というのはそこでしか発揮できず、何かあったときの選択肢が限られてしまうため、一つの会社に居座るリスクのほうが大きくなったのではないかと感じるほどです。

以上の点を考えると、この”強制”というのは会社を辞めるきっかけになりかねないと思いませんか?

会社としての方針は必要ですが、強制する時間が多くなるほど苦痛に感じる時間も多くなります。

会社は現代の働き方と社員の考え方に合わせて教え方を変えていく必要があるのです。

 

なぜ社長の思いは社員に伝わらないのか?

うちの社長は熱い人です。

それはそれは近づくだけでおいしい目玉焼きが作れるんじゃないかってほどに。

僕はこういうタイプの人は嫌いではありません。(好きでもありませんが)

しかし中にはこういうタイプの人は苦手だっていう方もいるでしょう。

こういう人の言葉は「なるほど、いい考えですね!」と賛同するタイプと「熱くてうざったい」と拒否するタイプの二極化になります。

では「なるほど、いい考えですね!」と賛同されるためにどうすればいいのか、それは信頼関係を築くことから始まります。

やはり信頼関係が築けていればその人の話や教えも受け入れてもらいやすいですからね。

さてここで京セラフィロソフィの登場。

あまり信用を得ていない状態で”他人の教え”である「京セラフィロソフィ」を強制的に学ばされて心が動かされる人は一体どれほどいるでしょうか?

いませんよね。

どんなに京セラフィロソフィが自分の頭の中に一字一句インプットされていたとしてもそれは他人の考え方でしかありません。

例え京セラフィロソフィが自分の考え方とアロンアルフアでくっつけたように合致させることができたとしても、それは「京セラフィロソフィ」の教えであって社長の考えだとは思ってもらえません。

人は自分に関係のないと思うものには拒否感を抱きます。

社長の考えなら理解しようと努力できますが、信頼関係を築けていない状態でそこに他人の思想が入ると何とも言えない拒否感を抱いてしまうものです。

というか信頼関係さえ築けていれば、啓発せずとも社長のために成果を上げようと自分から動いてくれます。

自分で学んで成長して貢献してくれます。

それを京セラフィロソフィという鉄の縄で縛りつけようとするから反発される。

だから京セラフィロソフィは啓発するのではなく、自分の心の中に留め、自分の考えであるかのように伝えるやり方のほうがいいのではないかと思います。(言い方悪いですけど・・)

本当に利他の心があるのなら強制なんてしないでしょ。

自分の考えが他人を幸せにできると思ったら大間違い。

人の幸せはその人自らが掴むものであって人から与えられるものではありません。

本当に社員の幸せを願っているのなら、自分から学ぶ姿勢を持たせるように時間をかけてサポートしてあげるのが正しい行動ではないでしょうか?

安くてうまいインスタントラーメンじゃ心は動きませんよ。

 

やばいのは京セラフィロソフィではなく社員の心が動くと思っているトップの考え

そう考えると京セラフィロソフィが”やばい”のではなく、トップが京セラフィロソフィで社員の心が動くと思い込んでいる考えが”やばい”という結論に至りました。

先述した通り京セラフィロソフィ自体は多くを学べる教本です。

ただそれを宿題のように広めてはいつまで経っても社員の心は動きません。

強制させられているという感覚に陥り嫌悪感が募るばかりです。

教えというのは自らが学ぶ姿勢でなければ身になりません。

「宿題をやっているからこれ以上学ぶ必要はない」と思った時点で自ら学ぶ機会を失うのです。

それを回避するにはやり方を変える必要があります。

例えば「私はこの教本に出会えたことで人生がこう変わった」と結果を伝えてみるとか。

フィロソフィで学んで気づいたことや課題を提出した人に報酬を与えるとか。

やり方はそれぞれありますが、要は自ら学べる環境を作ることが必要だと思います。

休憩所に書籍コーナーを作る会社もありますね。

もしも社員が自分の思ったように動いてくれないと悩んでいるのなら、イソップ寓話「北風と太陽」の話にあるように、自然と自分の意志で動くような対策を練られてみてはいかがでしょうか。

それこそ見えてくるまで考え抜けばいい対策が見つかるかもしれませんよ。

おわり

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